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研究者インタビュー

ゲーム研究者インタビュー

香山 リカ教授インタビュー【第3回】

テレビゲームへの正しい理解を~ゲーム研究者インタビュー

香山 リカ教授インタビュー

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香山 リカ(かやま・りか)

精神科医/立教大学現代心理学部映像身体学科教授

1960年7月1日北海道札幌市生まれ。東京医科大学卒。精神科医・立教大学現代心理学部映像身体学科教授。専門は精神病理学。学生時代より雑誌等に寄稿して活躍。大学卒業後は精神科医としての臨床経験を生かしつつ、現代人の"心の病"についてあらゆるメディアで社会批評、文化批評、書評など幅広く展開している。テレビゲームなどのサブカルチャーにも強く関心を持ち、著作には『テレビゲームと癒し』(岩波書店 1996)も。北海道新聞(香山リカのひとつ言わせて)、中日新聞(香山リカのハート・ナビ)、中日スポーツ(コラムの時間)、毎日新聞・東京(ココロの万華鏡)、毎日新聞・大阪(述・私の確言)、山陽新聞(日曜ワイド)、創(「こころの時代」解体新書)、Educo(いまどきコドモ事情)、オーディション(スターのココロ)、SFマガジン(SENCE OF REALITY)、Magazine ALC(香山リカの通信講座の心理学)、Domani(駆け込みクリニック)、月刊日本語(ブックレビュー)、アイユ(答えはでなくても)等、多数の連載を持つ。

第3回精神や心が拡張する体験を、どう活用していくべきか

2009年3月30日掲載

必ずしも、「リアルだから影響を受ける」というわけでもない

――ところでよく言われるように、ゲームには悪影響ってあるんでしょうか?

香山:その点についてお答えすると、遊んだ直後に興奮したり、気持ちが高揚することはあるかもしれないです。でも、「場面の残虐性」よりも、「世界観」の方が問題かなと思っているんですよね。「世界観にある程度きっちりとした脈絡があって、破綻していなくて、その中に身を置いている間にきっちり最後までやり終えることができるゲーム」であれば、おかしな衝動性が高まることはないんじゃないかなと思いますね。

――逆に、「問題のある世界観」とは?

香山:あまりにも反社会的なゲームは、そうした問題があるかもしれません。でもよく考えてみれば、反社会的な世界観は小説などにもありますよね。子どもっていうのは、そういうものを読みながらいろいろ検証していって、「これは本当に良いんだろうか?」と学習したりするわけじゃないですか。「悪いと言われているもの」は絶対に見せちゃいけなくて、いつも「優しくて可愛いらしいもの」ばかり見せていれば良いっていうことではないと思うんですよ。むしろ、危なかったり問題のあるゲームをやった時、友だちと「これって、ヤバくない?」とか「本当にこれで良いと思う?」と話せるとか、そういうことが大事だと思うんですよね。

――それはコミュニケーションになりますからね。

香山:そうそう。ただ、小説などにくらべて、ゲームの場合はかなり没入度が高いということは事実です。入り込んで自分が主人公になったような感覚になってしまう度合いは小説や映画よりも強いので、「小説と同じ」とは言い切れない部分もありますね。

――ドット絵の時代に比べると現在のゲームは臨場感が上がっていると思うんですが、その辺りに影響力の違いはあるんでしょうか?

香山:それも難しい話なんです。ドット絵って自分がイメージしないと、そこにあるものが何なのかをうまく楽しめなかったりするじゃないですか?イメージを膨らませなければならないので、「むしろ没入度が高いのではないか?」っていう話もあるんです。逆にフルCGだと、「すごく圧倒はされるけど思い入れ度みたいなものは逆に下がるのではないか?」っていうことです。

たしかに「インベーダーゲーム」なんて、タコみたいなキャラクターが、本当に敵に見えたりするわけじゃないですか。宇宙船(UFO)だって、今思うと絶対に宇宙船になんか見えるわけないですよね。なのに、「自分が地球を守るんだ」みたいな気分になっちゃったりとかね(笑)。で、それがいつまでも忘れられないっていうのは、「それだけ感情移入できていたから」なのではないかと思うんです。必ずしも、「リアルだから影響を受ける」というわけではないのですよ。暴力性の研究でも、「むしろリアルなCGより、ひたすら何かを潰していくような単純なゲームをした直後の方が攻撃性が高まる」という研究もあったりしますしね。ゴージャスなグラフィックで血が飛び散るから、それを見たら自分もやりたくなるっていうことでは全然ないわけです。単純に「リアルだから」っていうことではないんじゃないですかね。

――今後、ゲームに期待したいことは?

香山:今はネットがありますから、外に出なくても色々なものにアクセスできますよね。でもネットの先には予定調和的な世界が無いので、エキサイティングだけど何が起きるかわからないと思うのです。社会性がまだ充分に備わっていない子どもがいきなりそこに入り込むというのは、やっぱり色々な意味でリスキーだと思います。そういう意味で、ゲームのような"作られたソフト"は必要なものかもしれません。ちゃんと脈絡があるストーリーの中で、現実では味わえない感覚を味わえて、いろんな体験ができて、最終的にはきっちり終末を迎えるっていう。精神や心が拡張する体験を味わいながら、子どもの想像力を広げることができると思うのです。子どもがゲーム世界のファンタジーのなかで自分のイマジネーションを広げて、最後にちゃんとたためるっていうね。そういう役割はあると思うので、それをどう活用するべきかですよね。但し、どう有効なのかを立証していくのは、非常に難しいのですが。

「悪さ」というものは、何か悪い例が一つあれば「こんなに悪い」って言えるじゃないですか。でも、「良かった」っていう例はなかなか難しいので、その辺を私は何とかしたいと思っているのです。「勉強ができるようになるゲーム」とか、そういうものとは違う、「従来のロールプレイングゲームの効用」みたいなことをきちんと言えることができたらなあと考えています。

――ゲームの中で体験したキャラクターの死を、純粋な心で受け止める子どももいますしね。

香山:そういう現象を見て「感受性を養える」と思う人もいれば、逆に「またすぐに次のキャラクターを育てはじめるんだから、生命を軽視することに繋がる」とか悪い方に考える人もいますけれどね。ただ現実の世界では人の死などに向き合う機会があまり無い中、「ゲームの中での死の体験をする」というのは「代替物としての機能を果たしている」と思うんですけどね。

――現代ではうつ病が問題視されていますが、「うつ病治療の一環としてゲームが使われている」ようなことはありますか?

香山:うつ病そのものを治すというわけではないですけど、「回復途上にあるけれどまだ復職するまでには至らない状態にある人のリハビリ」では使うこともあります。たとえば「散歩とかジョギングに行くのはまだちょっと抵抗があるという人たちに、まず『Wii Fit』で体を動かして慣れてもらって、その後散歩に出させる」とか。

――そういう利用法って、「積み重ね」ですね。いい事例は積み重ねていかないと、なかなか評価されませんから。

香山:そうなんですよね。「『Wii Fit』で体を動かせるようになったなんて、そんなの当たり前じゃない!」っていう話になっちゃいますからね。

――香山先生ご自身は、今でもゲームをしていますか?

香山:今はねえ、なかなかできなくて(笑)。今度「ファイナルファンタジー」の番外編(「ディシディア ファイナルファンタジー」)をやりたいなと思ってはいるんですけど。